2013/04/02

戦間期アメリカの心理学ブーム


 Jessica Grogan の Encountering America の第1章を読んでいて、遅まきながらアメリカでのフロイト理論の受容のされ方がとてもおもしろそうなことに気がついた。
 その辺もっと知りたくなって、手頃な本(できれば日本語で!)ないかなと思って調べてたら日本語の論文でおもしろそうなのがあった。

小倉恵実「科学言説的アイコンとしてのフロイト・心理学及び精神分析 : 両大戦間期アメリカの大衆向け雑誌・文学におけるフロイト及び心理学のイメージの受容について」(⇒ PDF


 タイトルからしてすでにおもしろそう。


 論文は、1920-30年代のアメリカで起きたフロイト/精神分析/心理学ブームの様子を当時の文学作品や雑誌記事を紐解き見ていく体裁となっている。

 そうしたブームを、フロイト理論の濫用だとか心理学の「堕落」だとして批判する専門家も同時代にたくさんいて、小倉さんはそうした専門家による批判も丁寧に例示してくれている。
 彼らの批判や危惧(の引用)から伺える「心理学万能ブーム」の様子はたしかに凄くて、「心理学化」「心理主義化」は決して現代だけの問題じゃないなと思う。

 フロイト理論の歪曲そのものも気になるけど、個人的に「おおっ」って思ったのは、小倉さんがそうしたブームの背景の1つとして、両大戦間期のバブル景気を挙げているところ。
 経済的な豊かさが、(先端)科学を笠に着て金儲けを企む「似非医者」や「似非心理学者」の登場を許した、という。
 たとえばロバック(A. A. Roback)という学者が、
...「精神分析、及びフロイトが素人に受け入れられた時に作られてしまった誤った科学言説」として「抑圧」や「リビドー」、「転移」といった学術的な用語が雑誌には散りばめられており、これらの精神分析に限定して使われるべき用語が「似非医者(quack)」の金儲けの種になっていると論じた...(小倉 2011: 133)
人物として紹介されている。
 似非医者の説く「『潜在意識の活用の方法』や『セールスマンが(顧客の)潜在意識に対して(商品を)魅力的に訴える方法』といったような、現在でいうところの『ビジネスハウツーもの』とされる書籍や記事」(同上)も多く出回ったという。

 現代では、そこにさらに“脳科学(者)”が仲間入りした印象・・・。

 結論部で小倉さんは、

引用者注:好景気ないしバブル景気の]余剰資本と「似非心理学」が結びつくことによって「精神分析」や「心理学」がオカルティズムや神秘主義と結びついて「性格分析」化し、また出版界が印刷物を大量生産する体制が整えられたことによって、本来であれば重篤な疾患を持つ病人に対してのみ行われていた精神分析が識字を持つ一般の人々にとっても「わかりやすく自分を判断し不安を解消してくれるもの」として応用可能だと思い込み、次々と飛び付くことになった。(小倉 2011: 150)
と書いている。

 この辺り、ずっと気になってきた。

 たとえば、T.J.ジャクソン・リアーズの研究とテーマ的にリンクしてくるように思う。

 リアーズは名著『近代への反逆』(原題: No Place of Grace )などで、19世紀末から戦間期にかけての「心理療法のエートス」の高まりに着目している。
心理療法的世界観は精神の健康を維持する方法論というより、精神医学についてはほとんど何も知らない人びとが受け入れた常識、ないしは生活感覚だった。そしてその起源は、1960年代のカウンターカルチャーや、世界大戦後の郊外生活の豊かさの誕生よりももっと前の時代に遡る。(Lears [1981] 1994= 2010: 75-6)
 心理療法人気の背景としてリアーズが挙げるのは、医者の権威の上昇、生活実感の希薄化、プロテスタンティズムの訴求力の低下(世俗化)などである
 産業化や都市化がもたらす生活環境の激変がブルジョワジーたちの神経を摩耗させる一方で、それまで神学的コンセンサスを与えてきた宗教の枠組みは、科学的世界観の広がりのなかでもはや魂の拠り所を提供しえなくなりつつあった

 そこに心理学・精神分析が登場する。
 「心理学万能ブーム」、「心理療法のエートス」の高まりは、産業化や都市化、消費社会化と裏表の関係にある。
 その関係は、まさしく20世紀初頭を舞台とした『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のダニエルとイーライの関係を髣髴とさせる(イーライはセラピストじゃないけど)。
 
 両者の関係がずっと気になっている。

 アメリカにおけるフロイト受容に関しては、Encountering America でも引かれてる Nathan G. Hale, Jr. の 
The Rise and Crisis of Psychoanalysis in the United States: Freud and the Americans, 1917-1985 と、2012年に出た John C. Burnham 編の After Freud Left: A Century of Psychoanalysis in America が気になるところ。